東京アート : 2007年02月17日(土曜日)
今日は勉強と個展会場を探しを兼ねて、
東京都内の美術ギャラリーを一日中見て回りました。
HOUSE OF SHISEIDO
ggg 銀座グラフィックギャラリー第248回企画展
Graphic Messages from ggg & ddd 1986-2006
などなど。
日々スローな生活をしている僕にとって、
久しぶりの東京は刺激的でした。
エネルギッシュでパワーを感じました。
夜、兄の赤ちゃんに初めて会いました。
(西村)
東京都内の美術ギャラリーを一日中見て回りました。
HOUSE OF SHISEIDO
ggg 銀座グラフィックギャラリー第248回企画展
Graphic Messages from ggg & ddd 1986-2006
などなど。
日々スローな生活をしている僕にとって、
久しぶりの東京は刺激的でした。
エネルギッシュでパワーを感じました。
夜、兄の赤ちゃんに初めて会いました。
(西村)
平安京図絵 : 2007年02月11日(日曜日)
昨日、京都アスニーに平安京講座を受講した時に
売店で販売していた平安京図絵というのを
何気なく買いました。
1セット、300円。
今日じっくりと見てみると、
すごくよくできていて非常におもしろいです。
(安いのにスゴい!)
その地図によると平安京の時代、
ジャポリズム工房の位置は
平安京の平安宮(大内裏)の中で
大蔵省があったところとなっています。
地下を掘ったら何か出てくるかも?
しれませんね。
(西村)
売店で販売していた平安京図絵というのを
何気なく買いました。
1セット、300円。
今日じっくりと見てみると、
すごくよくできていて非常におもしろいです。
(安いのにスゴい!)
その地図によると平安京の時代、
ジャポリズム工房の位置は
平安京の平安宮(大内裏)の中で
大蔵省があったところとなっています。
地下を掘ったら何か出てくるかも?
しれませんね。
(西村)
平安京講座 : 2007年02月10日(土曜日)
ジャポリズム工房から少し南へ歩いた所に
京都アスニーという学習センターがあり、
今日はそこで開かれる平安京講座に行ってきました。
第一講 「宮都史のなかの平安京」
第二講 「平安京の変容」
第三講 「遺跡から見た平安京の変遷」
三講義立てで午前10時半より午後4時半まで
大変興味のある面白い講義を聞かせていただきました。
なんだか学生にもどったような一日。
好みで言えば、安土桃山時代あたり。
広く言えば江戸中期まで・・・ですが (土佐派!狩野派!淋派!・・・)
平安時代も捨てがたいですね。
また次回の平安京講座には是非出席したいと思いました。
(西村)
京都アスニーという学習センターがあり、
今日はそこで開かれる平安京講座に行ってきました。
第一講 「宮都史のなかの平安京」
第二講 「平安京の変容」
第三講 「遺跡から見た平安京の変遷」
三講義立てで午前10時半より午後4時半まで
大変興味のある面白い講義を聞かせていただきました。
なんだか学生にもどったような一日。
好みで言えば、安土桃山時代あたり。
広く言えば江戸中期まで・・・ですが (土佐派!狩野派!淋派!・・・)
平安時代も捨てがたいですね。
また次回の平安京講座には是非出席したいと思いました。
(西村)
放下便是 : 2007年02月08日(木曜日)
書道の稽古に行ってきました。
今日からは、書道の稽古と合わせて
作品展用の書の制作にもとりかかります。
さて、なんという字を書こう。
今の自分に向ける言葉として
「放下便是(ほうげすればすなわちぜなり)」
という禅語を選びました。
以前、禅僧の方に書いていただいた禅語に
「別無工夫(べつにくふうなし)」の語があり、
その後につく語で、今の自分に言い聞かさなければと思い選びました。
放下便是(ほうげすればすなわちぜなり)とは
よけいな心配はせず、
その場その場、真剣に取り組むこと。
あれこれ工夫しようという計らいの心を
きれいさっぱり捨て去ってしまう事。
そういう意味です。
今の自分に時折言い聞かせながら、無心に制作に入りました。
(西村)
今日からは、書道の稽古と合わせて
作品展用の書の制作にもとりかかります。
さて、なんという字を書こう。
今の自分に向ける言葉として
「放下便是(ほうげすればすなわちぜなり)」
という禅語を選びました。
以前、禅僧の方に書いていただいた禅語に
「別無工夫(べつにくふうなし)」の語があり、
その後につく語で、今の自分に言い聞かさなければと思い選びました。
放下便是(ほうげすればすなわちぜなり)とは
よけいな心配はせず、
その場その場、真剣に取り組むこと。
あれこれ工夫しようという計らいの心を
きれいさっぱり捨て去ってしまう事。
そういう意味です。
今の自分に時折言い聞かせながら、無心に制作に入りました。
(西村)